病身、椅子から立ち上がれず。老いの目がこちらを見ている。このまま立ち上がれず仕事もできぬとなれば、私はただのゴミ屑にすぎない。安らぎに想いを寄せては、みじめな心持。静かに身を閉じられれば、それにこしたこともなかろうや、と。

 

 毎日が、もっと早く過ぎ去ればいい。そしてそして気付かないうちに終わっていればよい。毎日、干からびたように生きている。

 

 ねえ、アルコールでハイになった僕を見るのは嫌いか。破滅的なジョークを口にする僕が嫌いか。サーカスは嫌いか。始めから終りまで、一から十まで、生きてきた意味を全てご破算にしよう。悲しい夜を幾夜も越えて、彼らの正しさを否定しよう。

 人はただ、笑っておればよいのだ。でもそれができないから、泣く。夢の痕跡を追っていくと、見たくないものばかり見えて知りたくないものを知る。そんなものも、目をそむけて、笑っておればよいのだ。

 何も無い乾いた荒野に掘立小屋と、巨大な掘削機がぽつりと立っていた。

「あとどれくらい掘り進めばいいだろう?」

「掘削深度、92メートル。」ノブが報告する。

 ノブと僕と、その他数人のメンバーで掘削作業を進めていた。

誰も僕らを知ろうとしないのだ。今ある自我そのもの本質から、苦痛そのものになったとき僕らに逃げるところは無い。苦痛が仮面を被り、わらって、ものを言う。僕は誰だ? 苦痛だ。

 他人は僕から苦痛を取り除こうとして、僕を損なう。僕は怒り、落胆する。

勇気も叡智も示すことなかれ。狂気の下に力を行使せよ。
死を恐れることなかれ。安寧が君を迎える。善悪の垣根を通り抜け、
事実はただそこに座す。

 もっと物語に夢中ににさせてくれよ、現実なんて見たくもないから。ほら、終わらない歌を謳っていた い。だれしも、いつでも、理想はそこにあって輝いているべきなのだ。理想とは、終わりもせず始まりも しない。僕は見たね。触れたね。その理想に。そんなもの掴めやしないことを、知りたくはないが。僕が 思うに、僕の身体も精神も移ろい煩わしくて、それをつかむ試みさえいつの間にか忘れている。でも、こ こに置いた文字の数々は違う。これらはけっして思いつめることや、考えることをやめたりはしない。こ れは、つまりは、僕の希望なんだ。僕が歩みをとめざるを得ない時も、そこに僕の精神が息づいている。
それはね、いつしか僕が僕でなくなってもそのままそこにあるだろう。

 この物語が、ほかの物語との通い路になればいい。誰のためにも。わたしのためにも。

 彼らは狂っている。とても愉快に、悲壮に。酒を呑んで薬を喰らって、笑いながら、嗤っている。あっ はははは。はははっ!空の酒瓶を握りしめて、見えない悪魔が居ようものならかかってこい。そしてまた あたらしい酒瓶を手にとり泣きながら、なにかに祈りながら、至高の幸福を味わい尽くす。安らぎの中に 、愛情をみつけて自らの身体を抱きよせる。目が覚めたら、ハッピーになっていたい。そんな言葉が、自 分の耳にも入らないように小さく小さく呟いている。ゆるりゆるりとそんな想いも漂っていき、路地裏の 猫や鼠にも微かに伝染する。明日、そんなことを忘れていても、猫や鼠どもの間で酒くせえ酒くせえなん ていわれながらも漂っていく。あくる日も、またあくる日も、何度めの物語かも忘れて。それでいい。

 矢継ぎ早に通る質問が、僕らを圧制した。――貴君の名は。出生は。両親の名は。これより、貴君らの 全ての権利を確認する。貴君らの全ての固有要素を決定する。これにより、貴君らの目指す理想は約束さ れる。以上だ。いつの記憶だったかは知れないさ。でもさ、こんなだったはず。たしかそのとき、僕は笑 ったね。